日本人会会報

通巻第12号

発行:1998年 5月

★第一回大使杯チャリティゴルフコンペ

1998年1月25日カンボジアゴルフアンドカントリークラブにて第一回大使杯チャリティゴルフコンペが行われました。結果は下記のとうりです。

    優勝     月城氏(月城モーターズ)
    2位     仁藤氏(プロジマジュアン)
    3位     斎藤大使

次回大使杯コンペは5月9日です。皆様ふるってご参加ください。

★日本人会紅白大運動会

1998年2月15日インターナショナルスクールのグランドにて行われました。

今回は紅組(大使館・商工会)白組(JICA・ NGO)に分かれての対抗戦としました。最後の対抗リレーで白組が大逆転で勝利しましたが大接戦でした。

インターナショナルスクールの先生方の競技参加やプノンペンの幼稚園児の遊技等もあり皆様も楽しまれた事と思います。 また大林組・久保田建設・栗原工業・前田建設皆様のご協力にて模擬店を出して頂き有り難うございました

★第二回大使杯テニストーナメント

1998年3月1日インターナショナルスクールのグランドにて行われました。

結果下記のとうりです。

    男子ダブルス     優勝   安達氏(住友商事)篠原氏(三菱商事)
    準優勝   松下氏(丸紅) 柴崎氏(トランシンド)
    3位   斎藤大使  松原氏(JICA)
    女子ダブルス     優勝   井上夫人  宮崎夫人
    準優勝   奥平夫人  寺本夫人
    3位   犬塚(大使館) 松尾(日本赤十字)

★会員移動

新規入会者

榊原直樹(大林組)
渡辺富美雄(大林組)
佐古直稔 (大林組)
飛田博康 (大林組)
工藤浩 美佐子(JICA)
明石秀親 (JICA)
大成建設 (法人)
磯部賢一(ビニーレクス)
大門圭介(ホテルインターコンチ)

*訂正:前号の日本人会会報は通巻10号となっていますが、11号の間違いです。


―緊急時の対応について―

昨年7月の悪夢のような武力衝突も月日が経つと段々と記憶が薄れます。一方選挙が近づき各党の選挙運動が活発になるにつれて緊張感も高まってくることと思います。あのような戦闘状態はもうないと思いますがもう一度当時のことを思い出して緊急時の対応について考えてみたいとおもいます。 日本人会会報十二月号”大使館から日本人会の皆様へ”でもふれていますので参照ください。

1 緊急連洛方法

     昨年の戦闘の時は電話・ファクスが十分に機能しませんでした。この教訓を生かし大使館・JICAでは積極的に無線の導入を計ってきました。最近ではJVC/JSRCを初めとするNGOも大使館の協力を得て無線の導入を開始しています。大使館で使用している無線周波数に合わせれば緊急時の伝達が可能です。大使館では無線に関する相談(無線機及び大使館の周波数等)にも乗って頂けますので無線機の購入を検討下さい。(大体一台200ドル程度です)大使館ではFM放送(78・0MHZ)での情報提供をおこなっています。通常は音楽が流れていますが必要な時は音声にての放送がなされます。

2 緊急避難場所

     緊急事態の場合北の方にいられる方は大使館、南の方にいられる方は大使公邸に緊急避難出来るようになっています。また空港近辺の方にはどこかホテルを避難場所にする場合があります。大使館・日本人会からの緊急連絡を注意して聞いてください。

3 緊急事態に備えての準備・確認

     旅券: タイ等ほとんどの国では6ヶ月の有効期限が必要です。また残ページが少なくなっている場合も旅券の切り替えが必要です。大使館等緊急避難時は必ず身元確認の為旅券は携帯して下さい。
現金: 緊急避難が必要な事態になった時は銀行は閉鎖されます。また新しく航空券を緊急に購入せざるをえない場合も予想されます。最低10日間位生活できるに必要なドルの準備は必要です。
非常用食料(ミネラルウオータ・米等)燃料(COOKING GAS)
自動車の点検

4 日本人会緊急連絡網の整備:5月中旬を目度に行う予定です。


◆◆◆大使館から日本人会の皆さまへ◆◆◆

1.最近の治安情勢

   

最近は選挙に向けての動向にとかく目が向き治安に対する関心が薄れがちですが、現在のカンボディア国内の治安状態は過去の状況と比較しても決して楽観できる状態ではありません。例えば本年1月〜2月に軍警察が取り扱った一般犯罪の事件発生件数を見てみると以下のとおりです。

    強盗事件      77件 (死亡被害者8名、負傷者13名)
検挙:6件12名(検挙率7.8%)
殺人事件 30件
詐欺事件 16件
誘拐事件 6件 (内3件がプノンペンで発生)
窃盗事件 70件
銃器発砲 50件
爆発物投擲 8件
火  災 15件
交通事故 51件

この発生件数は軍警察の取り扱いによるものだけで、プノンペン市警察等の件数は計上されておらず、未届件数を入れればこの数倍の発生があると推測されます。今後選挙を控えて世情に動揺が広がることが予想され、現在の治安状態が改善される要素は残念ながら認められる状況にはありません。今後予想される事件の形態として、次のような犯罪が考えられますので対処方策を参考に十分注意してください。

2.予想される事件

    (1)テ  ロ
    政治(思想)的背景を有したテロ事件の多くは、目標の殺戮の為には周りの一般人を巻き込むことをいとわない事件が多くあります。今後選挙に向けて各種集会やデモ等の集団威示行動が多くなることが予想されますが、このような場所周辺や政治関連施設付近の通行には注意して下さい。
(2)誘  拐
    反政府集団が外交的圧力を容易に与える方法として用いるのが、外国人を対象とした誘拐事件です。過去にも多くの邦人が被害に遭っており、毎日の通勤経路・時間を定型化しない、一方通行路を避ける、早朝・夜間の通行量の少ない時間帯の移動を避ける等の気配りが必要です。
(3)爆発物投擲・銃器の発射
    このような犯罪が政治目的で行われた場合はテロの範疇に含まれますが、この国の過去の歴史から民族的な対立による集団攻撃が発生する可能性も否定できません。身近で発砲があった場合は、どんな場所であっても直ちに身を伏せて下さい。

3.一般犯罪の傾向

    路上強盗の発生が多くなっています。以前は犯行形態が共通していたのですが、市内中心部(プサー・トメイ南付近)で夜間、暗がりに潜んでいた数名に取り囲まれ、拳銃で脅されて金品を強奪される事件や、昼間帯においてもワット・プノン付近で身なりの良い数名の若者による強盗事件等、手口の異なる強盗が相当数発生しています。以下の事項にくれぐれも注意して下さい。
      (1) 昼間帯でも単独での徒歩通行には注意して下さい。・・幹線道路といえども危険です。
(2) 日没後の徒歩通行は極めて危険です。・・たとえ短距離の移動でも危険度は同じです。
(3) 犯行には必ず銃器使われています。・・銃は本物で確実な殺傷能力があります。
(4) 被害に遭った際は抵抗しないで下さい。・・犯人は抵抗されると感じるだけで発砲します。

在カンボディア日本国大使館 電話:023-217161 出宮携帯:015-835407


石松義弘・SHARE

 恵みの雨〜〜水牛の角に突かれた少年の話〜〜

(6年前にカンボジアに来て間もない頃の、印象深い思い出について書いてみました。)

 雨季のはじめの5〜6月頃には雨の合間に乾くこともあった道路も、長い長い雨季の後半の9月ともなると、田んぼも道も区別がつかないほど、常に泥だらけで水浸しとなり、プノンペンからクサイカンダール郡への道も、更に郡内の道路も、バイクで通るには泥の地獄か蟻地獄とでもいいたくなる程の様相を呈する。クサイカンダール郡の中心地まで、プノンペンから直線距離で25キロ程度とそんなに遠くはないのだが、トンレサップ川とメコン川を挟んで、事実上陸の孤島となる。この時期は、人々も田植えと田の草刈りに追われて忙しく、またデング熱をはじめとする色々な病気も増え、クサイカンダール郡の人々にとって大変な時期である。

 そんな9月のある日のこと。その日も昼からの激しい雨で、こんな時は患者さんも来るに来られず、特に午後の病院の外来はひまになる。激しく続く雨に、少しうっとおしいような気持ちになりかけていた。入院患者さんをつかまえて、クメール語の勉強でもしようかなと思い始めた時に、数人の男達が、激しい雨に打たれながら自転車を押して郡病院にやってきた。タオルや帽子、水着、風呂敷きなど何にでも使えるバスタオル大の布で、クロマーと呼ばれる綿布を腰に巻いただけで、冷え切った体が震えている。かなり遠いところからやって来たようだ。見ると2台の自転車を前後にして、長い竹の棒でかつぎ、その間にハンモックのように布をつるして、更にビニールで被って濡れないようにして何かを運んできた。この地における救急車である。救急患者を運んできたのである。雨季のクサイカンダール郡の道路状況は極端に悪く、バイクでさえ乗ることが難しくなる。ましてや救急車があるわけではない。そんな状況では、この自転車救急車が最も役に立つ。人々の知恵である。しかしそれは同時に、こうまでもして運ばなければならないほど重症の患者さんであることを示していた。スタッフに緊張が走る。すぐに竹の棒のまま自転車からおろし病室に運ぶ。ビニールをはがし布をとると、あどけない顔をした少年が腹部に血だらけのクロマーを巻きつけて横たわっていた。

 患者は12歳の少年。6人兄弟の一番上で、クサイカンダール郡の北西部のロッカーチュンルングという村に住んでいた。この村はクサイカンダール郡の中でも最も貧しい村の一つで、クメール語で”炎の村”とでもいう意味の名前を持つほど乾季の酷暑はすごいところ。というのも、内陸にあって水源に乏しく、木が少ないので、よけいに乾燥し暑い。稲作は雨季の天水に頼る年1回しかできず、米の収量は、クサイカンダール郡のメコン川に近い地域と比べても半分位であるという。その村から、家族と親戚と診療所の保健スタッフが、自転車救急車を押して、患者を4時間かけて運んできたのである。

 ついてきたロッカーチュンルング村のヘルス・スタッフに話を聞いた。カンボジアの農村で12歳の男の子といえば、ほとんどもう立派な一人の働き手として、大変な農作業をこなしている。この子も例外ではなく、その日も朝早いうちから、家からかなり離れた田んぼに行って、田植えの後の草取りをしていた。昼前になって、家族が一足先に家に帰った後も、水牛に餌を食べさせたりするために一人残っていた。カンボジアでは、農作業のために、牛や水牛を飼っており、農民にとっては家族のようなもので、実際小さな家の中でほとんど同居している場合もある。少年は水牛の扱いは手慣れたものであったはずだが、何かの表紙に怒った水牛が暴れ出し、なだめようとした少年の腹部を、水牛の長く鋭い角が刺してしまった。少年は、大きく裂けた腹部の傷に慌てず、飛び出した腸を自分の手で押し込むと、頭に巻いていたクロマーを腹部にしっかりと巻き付けた。更に、自分を刺したその水牛にまたがり、家まで一人でたどり着いたのだという。あらためてその少年の顔を見直す。あどけなく純真なまなざしに、おびえの色はなく、応急手当をする時の痛みに食いしばる歯が真っ白で逞しかった。私は言葉が出なかった。

 傷は、左側腹部の腹壁に大きく広がり、腹腔が開いて泥や雨水で汚染されている。しかし幸いにも腸管や血管はやられていないようだ。これなら助かるかもしれない。心からの尊敬を込めて、つたないクメール語で勇気づけようと、ラオー(Good)、オッ・アイ・テー(大丈夫だ)というと、少年ははにかんでにっこりとする。しかし、残念なことに、クサイカンダール郡病院には開腹手術ができるだけの設備は整っていない。プノンペンに送るしか手がない。普段は物静かで感情をあらわにすることの少ないクメール人のドクターがほぞをかむ。今ここで手術できれば助かるかもしれない患者さんを、ここまで死ぬ思いをしてやっとたどり着いた少年を、また何時間もかかるプノンペンまで、激しく降るつける雨の中を送り出さなければならない彼の気持ちが、同じ医師として、痛いほどよく分かる。急いで応急の止血処置だけして、プノンペンの外科病院に送る準備をする。雨はいまだ激しく降り続き、メコン川の濁流も勢いを増しつづけている。

 幸いにして、この少年は助かった。傷が腹壁を大きく裂いてはいたものの、腸管や血管はやられてはおらず、幸いに腹膜炎もおこさずにすんだ。少年の気丈さと、家族の必至の搬送と、郡病院のスタッフのつてで幸いにも見つかったプノンペン行きの船のおかげで、何とかその日のうちに手術できたことが幸いした。

 しかし、時にクサイカンダールの人達にとって、ほんのちょっとした傷や病気で、死と向き会わなければならないほどに大変な事態になるのこともあるのである。特に、陸の孤島と化した雨季には、この小さな、あまりにも小さく粗末な郡病院だけが、クサイカンダール郡10万人の人達の、唯一の頼りとなるのである。その事を、病院や診療所のスタッフは、痛い程よくわかっている。だからこそ、本当にわずかの給料(月給1500円ほど)であっても、また、医薬品の恒常的な不足に歯ぎしりしながらも、ポルポトの狂気の時代を乗り越え、長い間の国際的な孤立にも耐え、自分達の村と命を自分達の手で守りつづけてきたのであろう。あの少年のような気丈な逞しい子供たちが大人となって、自分達の村の生活を更に支え続けていくのであろう。雨季の雨は、人々にとって過酷なだけではなく、また、恵みの雨でもあるのである。

以上


在カンボジア日本人の健康管理と災害対策

JICA母子保健プロジェクト    明石秀親

 1997年7月にプノンペンでの戦闘,9月にベトナム航空の墜落事故があり,最近では急病でと,それぞれ各1名の日本人の方が亡くなられました.その他にも病気でタイに入院したり,入院するまではいかなくても,何人かの日本人の方が病気や怪我をしたのを聞いています.

 それでは,カンボジアでの日本人に対する医療体制はというと,ご承知のように自由に安心して行ける医療施設も限られています.またカンボジアでは残念ながらエイズなどの罹患率が高く,安全な血液もすぐに手に入るとは言えません.通常の医療であればタイやシンガポール,あるいは日本に行けば良いのですが,緊急事態の場合そうはいきません.もちろん必要であれば大使館のバックアップはありましょうし,重症患者の緊急輸送はSOSなどの民間の緊急搬送会社に頼んでいるところも多いかと思います.しかし緊急に輸血を要する事態や,戦闘などのためタイや日本に行きたくても行けない場合どうするかは,おそらく邦人の方々の対応は(所属組織も含めて)個々に任されているのではないでしょうか.

 1997年3月の政治集会での手榴弾爆発事件では日本人有志から供血者(輸血用血液を供する人)を募ったことがあり,同様のことをシステム化すれば,狭い日本人社会で血液を融通しあえる可能性が出てきます.例えば,少なくとも日本人全員の血液型を登録しておき(あらかじめエイズやB型肝炎,C型肝炎,梅毒の検査をしておくことが望ましい),“自分に何かあった時に自分の血液型が他の日本人にすぐにわかる”,あるいは,“輸血が必要な場合,供血者を探す手間が省けて連絡が取り易い”,などの利点が考えられます.このための方法として,可能であれば名簿に血液型を載せるという方法はありますが,この種の情報はむしろ守秘義務を伴う医療者(医師,看護婦,助産婦)がファイルとして持っておくことが望ましいかもしれません.しかもこのデータは,データ・ファイルの保管場所に戦闘などで容易にたどり着けないことも考慮して,大使館医務官やJICA,NGO,民間の医療者を含めた複数の医療者がコピーを持っておくことが望まれましょう.さらに拡大すれば,個人の医療情報を同様にカルテとしてファイルしておけば,緊急の際に診療情報として役立つ可能性があります.もちろんこのようなことは各組織(あるいは会社)で個別に行うべきとの意見もありましょう.そしてまた邦人への通常医療行為は,大使館医務官やJICA専門家の職務外・権限外ということはありましょう.ですが,個々の日本人組織は小さく,戦闘などの緊急事態の場合,医療的アドバイスを求められることは考えられ,その場合,基本的医療情報は大変重要となります.システムとしてどうするかは今後の検討が待たれましょうが,取りあえず希望者の血液型をファイルすることから始めてはいかがでしょうか.

 交通事故や戦闘災害など,災害時に適切・迅速に対処するためには,日頃から対策準備(Preparedness)を行なっておく必要があります.そして医療のみならず避難場所,食料,飲料水,必要物資,輸送,通信といった包括的な緊急事態対応体制は,大使館を中心にすでに確立されていることと思います.選挙が近づき混乱が予想される今こそ,日本人会(を含めた邦人すべて)の緊急事態対応体制を充実させるときと考えます.


在留邦人のためのレストランガイド―麺類編―

プノンペンは皆様もご存知のように中華から洋食、また日本食までいろいろなレストランがあります。特に中華はかなりのレベルにあるのではと思います。在留邦人の皆様もたくさんの情報をお持ちと思いますが独断と偏見でのレストランガイドです。時には一人で食事という事もありましょう。てっとりばやく食事ができ気の早い日本人で麺類の嫌いなひとはだれもいないといっても過言ではないと思います。まず麺類編から初めましょう。

長崎屋さんのチャンポンは具の量、野菜の量からいっても食べごたえがあります。イチローさんのソーメンはだしが大変おいしくゴルフ等のスポーツの後には答えられません。平成さんの鍋焼きうどんはボリュームたっぷりで風邪ぎみのときに栄養をつけてください。昔なつかしい家庭風カレーうどんは緑の名物です。ダイヤモンドホテル近くの北京菜館のマーチャン麺を食べるとなぜか竹橋の赤坂飯店の担担麺を思いだしやみつきになりました。昔はよくチャイナタウンのラーメンを食べに行ったものですが今はどうでしょうか。

プノンペンで残念なのはよいイタリア料理店がない事です。ラオスのビエンチャンにはオペラという立派なレストランがあるのにどうしてでしょうか。それでも小さな店でおいしいパスタがたべられます。公共事業省前のビストロのパスタ、ラザニアはフランス人ご夫妻の暖かい料理です。またワットプノンの回りにあるピザの店アントニーピザもお勧めです。 もっと刺激的な麺をお好みの方には韓国料理があります。 独立記念塔近くのスーナムの冷麺は大変辛いものから辛いものまでいろいろな好みで調整してくれるのでたすかります。ここのSOUP WITH DOUGH FLAKESは小麦粉を練ってちっぎてうどん風にしただけの単純な料理です(辛くはありません)。韓国は終戦時米国より小麦の援助を受けたのですがパンの作り方を知らないためやむなく考案した料理だそうです。韓国風スイトンともいえます。一度試してください。 おいしい麺類の店まだまだあると思います。これぞと思うお店知っていれば是非ご一報ください。


1997年12月 5日      

カンボジア日本人会会長 殿

〒470-0346
      豊田市乙部ヶ丘三丁目21-17
                  富岡 澄雄
    

拝啓
  皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

  ご多忙中申し訳けございません。  私は1995年から1996年までカンボジアでカンボジア日本人会会長を勤めていた富岡でございます。  帰国後日本で「カンボジア日本人会日本支部会」を結成すべく下記の ご案内 を日本人会会報にご掲載頂いてまいりました。  今回こちらの方で住所の変動がありました。  変更後のお知らせを下記のようにお送り致しましたので、お手数で申し訳けございませんが、ご当地の会報に何回かご掲載頂き、皆様にお知らせ頂ければ誠に幸甚に存じます。

敬具    

世話役 住所変更のお知らせ

カンボジア日本人会日本支部会 発足のお知らせ

  カンボジア在住日本人の皆様、お元気にご活躍のこととお慶び申し上げます。将来皆様方日本にお帰りの後、定期的にはむずかしいものの、何年かに一度は皆様方一同に集まり、思い出話に花を咲かせるのも夢があって楽しいものではないでしょうか。

  この会は会則も、会費も今のところ考えてはおりません。  ご帰国の折り、下記の世話役のどなたかに、住所、氏名をご登録下さるだけで結構です。

イベントを計画致しましたら、登録下さった皆様方にご連絡いたします。  その際の費用は各参加者に実費ご負担頂くことに致します。

富岡 澄雄      

平岩継生    〒471 豊田市金谷町 5-13,ハイツとりいち 403号室    電話0565-34-5928
磯部正広 〒440 豊橋市西小鷹野 1-13-23, 電話0532-62-9858
斎藤旬子 〒232 横浜市南区三春台 63-11-711(旧姓 内海) 電話045-252-0434
安藤則子 〒460-77 名古屋市中区橘 2-9-18,
      名古屋テレビ放送(株)報道局 社会情報部

電話052-322-7139
富岡澄雄 〒470-0346 豊田市乙部ヶ丘三丁目 21-27 電話0565-46-5882